生命の誕生には、タンパク質構成アミノ酸が必要です。アミノ酸は、炭素質コンドライト隕石や探査機はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウの帰還試料に普遍的に存在します。そのため、アミノ酸の分布からこれらの隕石や小惑星の母天体の化学進化の歴史を制約することができます。しかし、タンパク質構成アミノ酸は限られた炭素質コンドライトグループにおいてのみ豊富に存在し、その理由は謎でした。本研究で、研究チームはタンパク質構成アミノ酸を分解する新たな水質化学反応を解明しました。この研究成果により、始原的な太陽系天体における化学進化と、それが生命の起源に与える影響についての理解がいっそう深まると期待されます。

 

 

 

図1. 炭素質コンドライトおよび小惑星リュウグウの母天体における宇宙電気化学的アミノ酸分解モデルの模式図。Credit: Reproduced from Li et al. Science Advances 2023

 

炭素質コンドライト隕石は、太陽系の最初の数百万年の歴史を記録しています。炭素質コンドライトからは、アミノ酸、核酸塩基、糖に関連した化合物、カルボン酸など、多くの生命の構成要素が発見されています。炭素質コンドライトは有機物に富み、(鉱物中のOH基の形で)水を豊富に含んでいます。したがって、炭素質コンドライトは、生命誕生のための2つの重要な前提条件である、水と有機物を初期地球にもたらした重要な供給源であると考えられています。
 
しかし、炭素質コンドライトに含まれるすべての有機物が生命に関連しているわけではありません。タンパク質構成アミノ酸ではないアミノ酸は、炭素質コンドライトにおいて頻繁に同定されるにもかかわらず、現在の生命には利用されず、生命の誕生にも寄与しません。タンパク質構成アミノ酸はすべてα-アミノ酸ですが、炭素質コンドライトのアミノ酸の中には、γ-アミノ酪酸(γ-ABA)やβ-アラニン(β-Ala)のように、アミノ基がα位以外の炭素に結合しているものもあります。最近の研究により、様々な炭素質コンドライト試料のアミノ酸分布に顕著な不均一性があることが明らかになってきました。特に、強い水質変成を経験した炭素質コンドライト(岩石学的タイプ1)は、タンパク質構成アミノ酸の含有量が少なく、主要なアミノ酸はγ-アミノ酪酸とβ-アラニンの2種です。このことは、JAXAの「はやぶさ2」ミッションで持ち帰えられた小惑星リュウグウの帰還試料(同様に強い水質変成を経験しています)においても観測されています。リュウグウ試料は、炭素質小惑星から採取された最も始原的な地球外物質です。このことは、水質変成によって引き起こされた化学過程が観測されるアミノ酸分布をつくり出したことを示唆しています。しかし、これまでのところ、これらの分析結果を説明する水質化学過程は解明されていません。
 
今回、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のYamei Li特任准教授、黒川宏之特任准教授(研究当時・現東京大学准教授)、および関根康人教授は、その他複数大学の研究者と協力し、電気化学的条件に応じてタンパク質構成アミノ酸を分解する反応経路をはじめて解明しました。研究チームは、水に富んだマントルで生じるアミノ酸の還元分解反応と岩石コアで生じる水素酸化反応を電気化学的に結合させる経路を提案しました(図1)。このような反応をシミュレートした結果、研究チームは、FeSとNiSを触媒として、グルタミン酸(Glu)とアスパラギン酸(Asp)という2種類のタンパク質構成アミノ酸が非タンパク質構成アミノ酸(それぞれγ-アミノ酪酸とβ-アラニン)へと分解されることを突き止めました(図2A)。このことは、強い水質変成を経験した炭素質コンドライトと小惑星リュウグウの帰還試料には非タンパク質構成アミノ酸が著しく豊富に存在するのに対し、水質変成をあまり経験していない炭素質コンドライトにはタンパク質構成アミノ酸がより多く含まれているという分析結果をよく説明するものです(図2B-D)。
 
さらに研究チームは、異なる炭素質コンドライトグループ(CM、CI、CR)間の化学的不均一性を説明するための新しい進化モデルを提案しました(図3)。母天体である氷微惑星が水・岩石分化していたと仮定すると、コアとマントルの水・岩石比が大きく異なるため、天体内部に大きな化学・酸化還元勾配が存在したと考えられます。アミノ酸はコアではよく保存される一方、マントルでは分解されます。このような天体が太陽系の内側領域に移動するのと合わせて、天体の衝突と破壊が起こり、全く異なるアミノ酸分布を持つ小惑星が誕生したと考えられます。研究チームは、このような岩石コアと水に富んだマントルの分化が、CM、CI、CRグループと小惑星リュウグウの間で観測されたアミノ酸の不均一性を少なくとも部分的に説明できると提案しました。さらに、反応経路は触媒となる鉱物と酸化還元条件に大きく依存します。この研究は、宇宙化学進化の歴史を解明するために鉱物と有機物の組み合わせを利用する根拠を提供するものであり、最近のNASAのOSIRIS-RExミッションによって試料が持ち帰られた小惑星ベンヌを含む、他の水・岩石相互作用環境における化学進化の理解に応用できる可能性があります。

 

 

図2. A): 2種類のタンパク質構成アミノ酸(アスパラギン酸とグルタミン酸)が電気化学的にそれぞれ非タンパク質構成アミノ酸(β-アラニンとγ-アミノ酪酸)に分解される。このような分解反応によって、CR2.0-2.4、CI1、リュウグウ帰還試料を含む、強い水質変成を経験した炭素質コンドライトにおいて、これら2種類の非タンパク質構成アミノ酸が相対的に濃縮していることが説明できる (B-D)。Credit: Reproduced from Li et al. Science Advances 2023
 

 

 

図3. リュウグウのような小惑星とCI、CM、CR炭素質コンドライトの形成と進化のシナリオ。Credit: Reproduced from Li et al. Science Advances 2023

 

掲載誌 Science Advances
論文タイトル Aqueous breakdown of aspartate and glutamate to n-ω-amino acids on the parent bodies of carbonaceous chondrites and asteroid Ryugu
著者 Yamei Li1*, Hiroyuki Kurokawa1, 2, Yasuhito Sekine1,3,4,5, Yoko Kebukawa3,6, Yuko Nakano1, Norio Kitadai7, Naizhong Zhang3, Xiaofeng Zang3, Yuichiro Ueno1,3,7, Gen Fujimori6, Ryuhei Nakamura1,8, Kosuke Fujishima1,9, Junko Isa1,10
所属
  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
  2. Department of Earth Science and Astronomy, Graduate School of Arts and Sciences, The University of Tokyo, 3-8-1 Komaba, Meguro-ku, Tokyo 153-8902, Japan
  3. Department of Earth and Planetary Sciences, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8551, Japan
  4. Institute of Nature and Environmental Technology, Japan Kanazawa University, Ishikawa, Kanazawa, Kakumachi 920-1192, Japan
  5. Planetary plasma and atmospheric research center, Tohoku University, Aramaki-aza-Aoba 6-3, Aoba, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
  6. Department of Chemistry and Life Science, Yokohama National University, 79-5 Tokiwadai, Hodogayaku, Yokohama 240-8501, Japan
  7. Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology, 2-15 Natsushima-cho, Yokosuka 237-0061, Japan
  8. Biofunctional Catalyst Research Team, RIKEN Center for Sustainable Resource Science, 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-0198, Japan
  9. Graduate School of Media and Governance, Keio University, 5322 Endo, Fujisawa 252-0882, Japan
  10. Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology, 2-17-1 Tsudanuma, Narashino, Chiba 275-0016, Japan
DOI 10.1126/sciadv.adh7845
出版日 15 December 2023