農薬や工業製品には、生物の必須元素であるリンが含まれていますが、このような人工有機リン化合物のリンを利用できるのは、特殊な酵素を持つ生物のみです。ELSIの研究者を含む研究グループは、地中海と紅海から海洋細菌を採取し、既知のすべての海洋細菌のゲノムを分析することで、人工的な有機リン化合物を分解できる酵素を持った海洋細菌が世界中に存在していることを発見しました。研究グループの成果は、細菌の力によって海洋の産業汚染物質を分解・浄化できる可能性を示しています。

 

図1:代表的な産業汚染物質の化学構造。構造の中心にリン(P)がある。(Credit: Liam Longo)
 

産業汚染物質や農薬に混じって海に流出する可塑剤や難燃剤、殺虫剤などには、人工的に作られた有機リン化合物が広く使用されています。これらの化合物の中心にはリンが存在しますが(図1)、リンは生物のDNAやRNAの材料として使われるため、生物の増殖や成長に必要な元素であることが知られています。もし、汚染物質中の人工有機リン化合物からリンを取りだして利用できる海洋生物が存在すれば、汚染物質を分解し浄化することができます。人工有機リン化合物を生物が利用するためには、ホスホトリエステラーゼ(PTE)という特殊な酵素を持っている必要があります。現在、PTEを有する生物は土壌細菌のほんの一部にしか確認されていません。

 

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のLiam Longo特任准教授、ワイツマン化学研究所の故 Dan Tawfik 教授、Dragana Despotović博士とEinat Segev 教授らからなる研究チームは、海洋細菌を採取し酵素を探す学際的な研究に取り組みました。

 

研究チームはまず、地中海と紅海から海洋細菌のサンプルを集めました。それらの細菌を汚染物質中で培養し、人工有機リン化合物が唯一のリンの供給源となる状態で増殖するかどうかを試験しました。その結果、試験を行ったすべての環境で海洋細菌は増殖し、人工有機リン化合物を利用できることが示されました。

 

次に、研究グループは、人工有機リン化合物の利用を可能にした2つのPTEを特定しました。そして、この新規に見いだされたPTEのアミノ酸配列を出発点とすることで、既知のすべての海洋細菌のゲノムを分析しました。その結果、これらの酵素が広範囲に存在し、世界中の細菌で配列の一致が見られることを発見しました(図2)。

図2:汚染物質を分解できるPTE遺伝子を持つ細菌の分布。大きな円は発生率が高いことを示す。(credit: Dragana Despotović)

 

最後に研究グループは、汚染物質を分解する海洋細菌のPTE遺伝子を大腸菌に導入し、汚染物質を分解できる大腸菌株を作成しました。この方法を用いることで、細菌によって汚染された海洋を浄化することができるかもしれません。自然状態の海には、リンが豊富にあるわけではないため、海洋生物はリンを手に入れるために激しい競争を行っています。汚染物質中の人工有機リン化合物を利用できる生物は、生存競争に有利に働くことを考えると、微生物や酵素を用いて有害物質を処理するバイオレディエーションは、海洋汚染を解決する現実的な可能性のひとつとなります。

 

産業汚染物質の流出を防ぐ努力はさらに続けていく必要がありますが、人工有機リン酸化合物の海洋中での役割は、さらに研究していく必要があると研究グループは考えています。

 

掲載誌 Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル Utilisation of diverse organophosphorus pollutants by marine bacteria
著者 Dragana Despotović1*, Einav Aharon1, Olena Trofimyuk1, Artem Dubovetskyi1,2, Kesava Phaneendra Cherukuri1, Yacov Ashani1, Or Eliason3, Martin Sperfeld3, Haim Leader1, Andrea Castelli4, Laura Fumagalli4, Alon Savidor5, Yishai Levin5, Liam M. Longo6,7*, Einat Segev3*, and Dan S. Tawfik1
所属 1. Department of Biomolecular Sciences, Weizmann Institute of Science, Rehovot 7610001, Israel
2. Department of Chemical and Structural Biology, Weizmann Institute of Science, Rehovot 7610001, Israel
3. Department of Plant and Environmental Sciences, Weizmann Institute of Science, Rehovot 7610001, Israel
4. Dipartimento di Scienze Farmaceutiche, Università degli Studi di Milano, I-20133, Milano, Italy
5. Nancy and Stephen Grand Israel National Center for Personalized Medicine, Weizmann Institute of Science, Rehovot 7610001, Israel
6. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo 152-8550, Japan
7. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, WA 98104
DOI 10.1073/pnas.2203604119
出版日 2022年8月2日