<プレスリリース>
-代謝反応から最古の酵素の構造と機能を予測する新モデルを開発-

【ポイント】
○ LUCA(=全生物の最終の共通祖先)の誕生以前の時代を含む「地球最古の生命進化シナリオ」を研究する新しいアプローチを導入
○代謝系の進化に沿ってタンパク質フォールドの出現の順序を推定し、最古の酵素に共通する構造・機能を明らかにした
○地球の大気に酸素が蓄積し始めた際、生命は新しい酵素を一から生み出すとともに、既存の酵素を「再利用」することで酸素に適応してきたことを示した
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo) 未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI)のリアム・ロンゴ(Liam M. Longo)特任准教授とハリソン・スミス(Harrison B. Smith)特任准教授、龍也・コレット博士課程学生らの国際共同研究チームは、地球上に生命が誕生してから間もない時代に酵素がどのような順番で生まれてきたのかを、今の生物が共有する代謝反応ネットワークの構造から予測する新しい計算手法を開発しました。
代謝反応とそれに必要なタンパク質の立体構造データを組み合わせ(図1)、生命の進化に伴って代謝ネットワークが成長する順番に沿って、酵素を構成する立体構造(フォールド、用語1)を1つずつ加えていくコンピュータシミュレーションを行いました。そして最初期の酵素がどのような形を持ち、どういった反応を担っていたのかを予測しました(図2)。
その結果、最初期に出現したフォールドは、代謝反応に欠かせない補酵素と結びつくタンパク質に広く共通して見られるα/β構造が中心でした。さらに、「生物による酸素の生成」という地球の代謝における大きな転換点において、新規フォールドの誕生よりも、既存のフォールドの新しい酸素反応への転用が代謝系を進化させる主な駆動力であったことも明らかになりました。この結果は、代謝ネットワークの構造からタンパク質の進化の過程を予測するという、従来の系統解析からは独立した新しい方法で酵素進化の歴史を読み解けることを示すものであり、生命の起源における代謝とタンパク質の進化をあわせて理解するための重要な一歩です。
本成果は、8月11日付(現地時間)の「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に掲載されました。

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- 背景
現生生物に見られる酵素は、いくつものフォールドや特殊な触媒部位を持つ複雑なタンパク質です。タンパク質は遺伝子によってコードされているため、あらゆる生物の遺伝子を比較することで酵素の進化の歴史を上流へとたどっていくと、約40億年前に存在して地球上の全生物の共通祖先と考えられている仮想的な生物LUCA(Last Universal Common Ancestor、用語3、最終共通祖先)にたどり着きます。
しかし、LUCAの持つタンパク質もまた、生きた細胞の中核的な機能を担うためにはすでに十分複雑であったと考えられています。遺伝子の比較解析ではLUCA誕生以前にタンパク質がどのように進化したかを明らかにすることはできないため、最古の酵素を解明するには別のアプローチが必要です。その1つの方法として考えられるのが、細胞内で分子を分解してエネルギーを取り出したり、複雑な代謝物を合成したりする「代謝系」の進化に着目することです。代謝系は、ある代謝反応の最終産物が別の反応の原料となるという層状の構造を持ち、複雑に絡み合ったネットワークを形成しています。この代謝系の層状構造に着目することで、これまでも原始的な代謝系の化学的性質や、最古の生命が存在した環境について重要な知見が得られてきました。本研究では、この視点に基づき、最古の酵素の進化を研究しています。
- 研究成果
研究チームはまず、代謝反応とタンパク質構造の大規模データベースに着目し、今回の研究で必要なデータの選定を行いました。代謝反応データベースKEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes、用語4)を基に、地球生命進化の歴史に関わる4,294種類の代謝物と、4,331種類の酵素が触媒する7,678の反応をそれぞれ同定しました。さらに、タンパク質フォールドの分類データベースECOD(Evolutionary Classification of Domains、用語5)から、6種類の構造タイプ(用語6)のいずれかに属する396のタンパク質フォールドを特定しました。
これらのデータを基盤として、研究チームは、LUCA誕生以前の原始地球に存在したと考えられる単純な分子を出発点として、代謝系とタンパク質の共進化を再現するモデルを構築し、「酵素依存型ネットワーク拡張」と名付けました。このモデルでは、代謝の中心に位置する比較的単純な代謝物から起こりうる反応とそれに必要なフォールドを段階的に追跡することで、代謝進化の初期にどのような酵素が存在し得たのかを推定します。
現生のあらゆる生物やLUCAの酵素にはあらゆる構造タイプが見られる一方、モデルが初期に出現したと予測する酵素の大半はα/β構造を持っており、この構造が数多くの初期代謝反応を促進していた可能性を示しています。代謝反応に重要な補因子の多くはリン酸を含んでいることから、α/βタンパク質が代謝において突出した役割を果たしている理由は、リン酸と結合する機能に関係していると考えられます。
研究チームは次に、進化史上の大きな転換点である光合成の登場に着目しました。光合成は嫌気性だった大気に大量の酸素をもたらし、その結果、生物は新しい代謝環境への適応を迫られました。この変化に応じて新たな酵素も一部では出現したが、酸素を代謝する酵素の大半は既存の酵素が転用された派生型であり、酵素進化における「再機能化」の重要性が浮き彫りになりました。
- 社会的インパクト
本研究は、現代の地球生命体が共有する代謝ネットワークという、従来の系統解析とは独立した別の進化的な記録から、酵素の進化史を読み解けることを示した点に大きな意義があります。地球生命研究所が掲げる「生命の起源」という根源的な問いに対し、タンパク質の進化と代謝の進化を統一的に理解するための新たな方法論を提供するものです。また、本研究で確立された枠組みは、酵素・補因子・代謝反応を統合的に捉えたタンパク質進化の全体像を構築するための重要な一歩です。
- 今後の展開
研究チームは今後、系統解析やリボソーム(用語7)の構造など他の進化的記録との統合や、フォールド間の進化的な類縁関係を取り入れることで、より解像度の高い酵素進化の年代推定を目指します。また、代謝反応とタンパク質フォールドの対応データが今後さらに充実することで、本手法による予測の精度がさらに向上すると期待されます。生命誕生から現在に至るタンパク質進化の全体像を、独立した複数の進化的記録を統合することで描き出すことが、今後の重要な目標です。
- 付記
本研究は、Human Frontier Science Program(RGEC29/2025)およびNASA(80NSSC25K7873、80NSSC23K1357)の支援を受けて実施されました。
【参考文献】
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[1] E. Goldford, H. B. Smith, L. M. Longo, B. A. Wing, S. E. McGlynn, Primitive purine biosynthesis connects ancient geochemistry to modern metabolism. Nat. Ecol. Evol. 8, 999–1009 (2024).
[2] A. Kovacs, A. S. Petrov, K. A. Lanier, L. D. Williams, Frozen in Time: The History of Proteins. Mol. Biol. Evol. 34, 1252–1260 (2017).
[3] Nepomnyachiy, N. Ben-Tal, R. Kolodny, Global view of the protein universe. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 111, 11691–11696 (2014).
[4] Raymond, D. Segrè, The effect of oxygen on biochemical networks and the evolution of complex life. Science 311, 1764–1767 (2006).
【用語説明】
- (1) フォールド:アミノ酸鎖が折りたたまれてできる、タンパク質の立体構造の基本単位。酵素は単一または複数のフォールドから成り、現代の生命体において、2,000以上の現存するフォールド(ECOD X-group)が確認されている。本研究では現代の地球生命体が共有する代謝ネットワークに紐づけられる396のフォールドが特定され、その出現順序が予想された。
(2) ネットワーク拡張法:初期化合物のセットから出発し、データベース内の化学反応をこれ以上新しい代謝物が生成されなくなるまで反復的に適用することで、生成可能なすべての代謝物及び代謝反応とその出現順序を網羅的に予測する計算システム生物学の手法。
(3) LUCA(Last Universal Common Ancestor):全生物の共通祖先。現存するすべての生物が共通して持つ、進化史上の祖先生物。
(4) KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes):遺伝子・タンパク質・代謝経路などに関する情報を統合した、国際的に広く利用されている生化学データベース。
(5) ECOD(Evolutionary Classification of Domains):タンパク質のドメイン構造を進化的な観点から分類したデータベース。
(6) 構造タイプ:タンパク質のドメインが持つαヘリックスやβシートといった二次構造要素の種類と、それらの空間的な配置パターンに基づいて分類される、最も粗いレベルの構造分類。本研究ではα、β、α/β、α+β、mixed, others の6種類の構造タイプを用いた。
(7) リボソーム:細胞の中でタンパク質を作り出す装置。遺伝情報をもとにアミノ酸を1つずつつなぎ合わせ、タンパク質を組み立てる役割を担う。進化の過程で古い部分の構造がそのまま保存されていると考えられており、原始タンパク質進化の歴史を知る手がかりの1つとされている。
【論文情報】
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル:The history of enzyme evolution embedded in metabolism
著者:Tatsuya Corlett, Harrison B. Smith, Eric Smith, Joshua E. Goldford, Liam M. Longo
DOI:10.1073/pnas.2609531123
【研究者プロフィール】
リアム・M・ロンゴ Liam M. Longo
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI) 特任准教授
Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington 98104, USA
研究分野:タンパク質の進化, 生命の起源
エリック・スミス Eric Smith
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI) 特任教授
Georgia Institute of Technology, School of Chemistry and Biochemistry, Atlanta, USA
研究分野:複雑系科学、生命の起源
ハリソン・B・スミス Harrison B. Smith
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI) 特任准教授
Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington 98104, USA
Dayhoff Labs, Inc., Cambridge, USA
研究分野:複雑系科学、生命の起源
龍也・コレット Tatsuya Corlett
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI) 博士課程
研究分野:地球代謝系の進化、生命の起源
【お問い合わせ先】
(研究に関すること)
東京科学大学 地球生命研究所 特任准教授
リアム・M・ロンゴ
Email:llongo@elsi.jp
【取材申し込み先】
東京科学大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr@elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416