かつて火星は大量の二酸化炭素からなる厚い大気に覆われていたと考えられていますが、その二酸化炭素がどこへ消えたのかは、現在も大きな謎となっています。東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)のMohit Melwani Daswani准教授を含む研究グループは、新たな地球化学シミュレーションにより、火星では長石に富む岩石と二酸化炭素を含む水との反応によって炭酸塩が形成され、浸透する地下水により地下へ運ばれ、蓄積する可能性を示しました。この成果は、現在の火星の地下に未発見の炭酸塩が大量に存在し得ることを示すとともに失われた二酸化炭素の行方を解明する手がかりとなり、今後の火星探査の新たな指針となることが期待されます。
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図1:本研究でシミュレーションした古代(ノアキス代)火星の地表および地表近傍環境に想定される特徴の概念図(左)と、拡散モデル(中央)および移流・分散モデル(右)の設定。Credit: Wang, C., et al. (2026)
約30億年以上前の火星には分厚い二酸化炭素の大気が存在し、その温室効果によって川や湖などの液体の水が地表を流れていた時期があったと考えられています。しかし現在の火星は、大気が非常に薄く、地表では液体の水はほとんど存在できません。かつて存在した大量の二酸化炭素がどこへ消えたのかは未解決の問題の一つです。炭酸塩鉱物は、火星にかつて液体の水が存在していたことを示す最も有力な証拠の一つですが、火星表面でこれまでに確認されている炭酸塩の量は、古代火星の気候モデルから予測される量を大きく下回っています。
東京大学大学院博士課程のChang-Chin Wang大学院生、東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)のMohit Melwani Daswani准教授、東京大学および宇宙航空研究開発機構の臼井寛裕教授らの研究グループは、水と反応する前の岩石の組成の違いが、炭酸塩の種類の違いを生み出したのではないかと考えました。これまで火星での水と岩石の反応を扱った研究の多くは、水が苦鉄質岩(鉄やマグネシウムを多く含み、火星で最も一般的な岩石)と反応したと仮定してきました。しかし近年では、長石に富む岩石が探査衛星や探査車によって次々と発見されており、古代火星では、このような長石に富む岩石が広く分布していた可能性も指摘されています。
研究チームは地球化学計算を考慮した一次元熱化学モデルを構築しました。このモデルでは、古代火星想定した低温で二酸化炭素に富む環境を設定し、苦鉄質岩または長石を多く含む岩石からなる地層に水がしみ込んでいく様子を再現再現し、その化学組成がどのように変化していくかを追跡しました。このモデルは、数年間の短期間の反応から最大10万年に及ぶ長期間の反応までを対象とするとともに、水の移動についても、水がほぼ動かない状態で物質が拡散する場合と地下水の流れを模して水が下向きに浸透していく場合という2つの条件で解析を行いました。

図2:二次鉱物組成、および炭酸塩の組成と分布に影響を与えるさまざまな要因をまとめたフローチャート。なお、二次鉱物は比較的豊富に存在する非炭酸塩鉱物のみを示している。Credit: Wang, C., et al. (2026)
シミュレーションの結果、長石に富む岩石では、ほとんどの条件でカルシウム・鉄に富む炭酸塩が形成されました。一方、苦鉄質岩では反応の初期には同様の炭酸塩が形成されますが、時間の経過とともにマグネシウムを含む鉱物が溶け出し、水中のマグネシウム濃度が高くなることでマグネシウムに富む炭酸塩が形成されることが分かりました。苦鉄質岩には、カンラン石というマグネシウムに富む鉱物が含まれています。苦鉄質岩が水と反応すると、まずカルシウム・鉄に富む炭酸塩が形成されます。このときカンラン石もまだ残っていると考えられますが、実際には、カルシウム・鉄に富む炭酸塩が見つかっても、カンラン石が見つからない場所がありました。この従来のモデルでは説明しにくい観測的証拠は、炭酸塩が長石に富む岩石から形成されたと考えることで説明できます。
また研究チームは、地下水が岩石の中を流れながら浸透する場合は、水がその場にとどまっている場合に比べて、炭酸塩がはるかに効率よく形成されることも見いだしました。さらに、形成された炭酸塩は地表付近でいったん溶解した後、地下深部で再び析出する傾向があることも分かりました。この結果は、地表では炭酸塩が少ない理由を説明できる可能性があります。これにより、火星の地下に、大量の炭酸塩と、それに固定された二酸化炭素が蓄えられている可能性が見えてきました。
今回の研究成果は、火星の炭酸塩の組成の違いが、気候や水の流れの記録であるだけでなく、その水がかつて流れた地殻の特徴を示す「指紋」でもあることを示唆しています。今後、火星の水環境の痕跡を探るうえで、長石に富む地域や地下を掘削して調べることが有望な探査対象として位置付ける成果となりました。
| 掲載誌 | Journal of Geophysical Research: Planets |
| 論文タイトル | Alteration of Feldspar-Rich Rocks on Ancient Mars and Its Possible Link to Ca/Fe-Rich Carbonates |
| 著者 | C. Wang1*, T. Usui1,2, and M. Melwani Daswani3,4 |
| 所属 | 1. Department of Earth and Planetary Science, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan 2. Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency, Sagamihara, Japan 3. The SETI Institute, Mountain View, CA, USA 4. Earth-Life Science Institute, Institute of Science Tokyo, Tokyo, Japan |
| DOI | https://doi.org/10.1029/2025JE009358 |
| 出版日 | 2026年6月16日 |