単純な化合物しか存在しなかった初期の地球から、現代の生命の複雑な代謝経路が作られたメカニズムを明らかにすることは、地球上の生命の起源を知るための重要な手掛かりになります。ELSIの研究者らは、現代の代謝経路のデータベースを用いて計算することで、原始的な地球に存在した化学物質から現代の生体分子に至る連続的な経路を発見しました。これにより、すでに失われた代謝経路があっても、現代の代謝経路を手掛かりにして初期の地球の化学と現代の生化学の連続性を研究できる可能性が示されました。

 

 

図1 初期の地球(左)と現代の地球(右)の化学反応の断絶を研究でつなぐ Credits: NASA’s Goddard Space Flight Center/Francis Reddy/NASA/ESA
 
地球上の生命の起源を知るためには、初期の地球化学からどのような段階を経て現在の生化学に至ったのかを知る必要がありますが、間に存在しているはずの生化学反応の多くが未だ解明されていません。そのなかには、すでに消滅してしまった生化学反応も存在するはずです。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のHarrison B. Smith特任准教授、Liam M. Longo特任准教授、Shawn Erin McGlynn准教授と、米国のカリフォルニア工科大学の研究者Joshua Goldfordの研究グループは、このような消滅してしまった化学反応の手がかりを得るためにシミュレーション研究を行いました。 
 
研究グループは、化学反応の進化が、単純な地球化学の分子から複雑な生体分子へと進む過程において、消滅した化学反応が不連続性または断絶として現れると予測しました。生化学の歴史をモデル化するためには既知のすべての生化学反応の一覧表が必要です。研究グループは、12,000を超える数の生化学反応をカタログ化した京都遺伝子ゲノム百科事典(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes:KEGG)のデータベースを利用し、代謝の段階的な進化をモデル化しました。

 

代謝の進化をモデル化する試みはこれまでにも行われてきましたが、現代の生命に使われているような広範囲で複雑な分子の生成には未だ成功していません。実際、研究グループがこれまでと同様の方法でモデル化を実行したところ、数種類の化合物しか生成できないことがわかりました。そこで、欠落している反応を特定するために、既知の生化学反応だけでなく仮想生化学データベースからの反応も含めて検討したところ、生物代謝において重要なアデノシン三リン酸(ATP)が合成できないことが、代謝拡大のボトルネックになっていることが示されました。

 

細胞のエネルギー通過であるATPを合成するには、ATPが必要です。言い換えれば、ATPがすでに存在していない限り、ATPを生成することができず、この循環的な依存関係がモデルを停止させる理由になっていました。この「ATPボトルネック」を解決するために、ATPの反応部位によく似た無機化合物のポリリン酸を使用してシミュレーションを行ったところ、ATPを生成させることに成功しました。また、ATPの代わりにポリリン酸を用いて8つの反応を変更するだけで、現代の生物の主要な代謝のほぼすべてを実現することができました。
 
さらに研究グループは、連続的に反応が起きることで生物学的代謝経路が直線的に構築されたのか、それとも反応経路がモザイク状に出現し、はるかに隔たった年代の反応が結合することで新しい反応が形成されてきたのかという疑問に答えるため、ATPに依存しないポリリン酸を用いた仮説的経路で代謝経路の出現のタイミングを計算しました。その結果、連続的に構築された代謝経路と、モザイク状に形成された代謝経路がほぼ同等に存在することを発見しました。

 

図2 代謝経路出現のタイミング Credits: Goldford, J.E., Nat Ecol Evol (2024)
 
本研究によって、地球化学と生化学をつなぐために必要なのは、一般的な生化学反応を彷彿とさせる8つの新しい反応だけであることが示されました。Smith特任准教授は「今回の研究によって、失われた生化学反応の空間が小さいことを証明するものではありません。しかし、絶滅した反応でさえ、現代の生化学に残された手がかりから再発見できることを示すことができました」と、述べています。
 

掲載誌 Nature Ecology & Evolution
論文タイトル Primitive purine biosynthesis connects ancient geochemistry to modern metabolism
著者 Joshua E. Goldford1,2,3,*,#, Harrison B. Smith3,4,#, Liam M. Longo3,4,#, Boswell A. Wing5, and Shawn Erin McGlynn3,4,6,*
所属
  1. Division of Geological and Planetary Sciences, California Institute of Technology, Pasadena, CA, USA
  2. Physics of Living Systems, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, MA, USA
  3. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, WA, USA
  4. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan
  5. Department of Geological Sciences, University of Colorado, Boulder, CO, USA
  6. Biofunctional Catalyst Research Team, RIKEN Center for Sustainable Resource Science, Wako, Japan
DOI 10.1038/s41559-024-02361-4
出版日 2024年3月22日