ELSIの研究者らは、リボソームの活性中心を構成するRNAとペプチドが液-液相分離をすることを発見し、液滴の形成がRNAの配列やサイズに依存することを明らかにしました。液滴の形成は分子の濃縮を促し、また分解からの保護の役割を担うことからRNAとペプチドの共進化のゆりかごとなった可能性があります。上記の発見はリボソーム進化の過程に迫る貴重な一歩となります。

図1. 進化途上の2つのリボソームモデル
リボソーム進化のPTCに対応するRNAと(A) bPTCと(B)sPTC(灰色)と5種類のリボソーマルペプチド(黄色)の構造予測図。リボソーマルRNAとペプチドは現存するThermus . thermophilus のリボソームの立体構造(PDB: 4V51)から該当部分を切り出して表示している。(C)実験で使用した5種類のリボソーマルペプチドの配列。Codispoti & Yamaguchi et al., NAR, 2024より転載。

 

生物が普遍的に有するリボソームはRNAとタンパク質の複合体で成り立っており、生命に欠かせないタンパク質を合成する役割だけでなく、その存在は初期地球における機能性高分子の誕生の鍵を握ると考えられています。リボソームの内部ではRNAから構成されるペプチジル転移活性中心(Peptidyl transferase center, PTC)と呼ばれる場所でアミノ酸が重合・伸長していきます。このPTCは構造及び配列が全ての生物種で高く保存されていることから、PTCを「核」としてRNAとタンパク質が徐々に外側へ広がるように進化することで現在の形となったと予測されています。しかし、リボソームがRNA—タンパク質複合体として進化するためには、RNAとタンパク質が高度に濃集し、かつ安定に存在できる場が必要となります。

 

京都大学薬学部の山口智子助教(研究当時・ELSI研究員)とELSIの藤島皓介准教授らからなる研究チームは、液-液相分離という現象に着目し、PTCを構築するRNAとその周辺を取り囲むペプチドの相互作用を調べることで、進化の過程を模擬する実験に取り組みました。まず、リボソーム進化の最初期を想定した最小単位のsmall PTC(sPTC)と、進化の途中を想定したbig PTC( bPTC)をデザインし、試験管内でそれぞれに対応するRNAを合成しました。ペプチドに関しては進化的に非常によく保存されている5種類のリボソーマルタンパク質 (pL2, pL3, pL4, pL15, pL22)において、立体構造からPTCと直接相互作用していることが確認済の18-29アミノ酸残基の領域を化学合成しました(図1)。

 

このsPTC/bPTCとペプチドの溶液中での相互作用をマイクロスケール熱泳動装置で測定したところ、ほぼ全てのペプチドがbPTC及びsPTCの両方とμMオーダーのKd値で相互作用しました。次に、合成したPTCの溶液中での構造を解析するため、分子動力学シミュレーションを行いました。その結果、PTCを構成するRNA部分は現存するリボソームと同様の構造を保っているものの、sPTCはbPTCよりも揺らいでいる様子が確認されました。さらにそこに5種類のペプチドを加えてMDシミュレーションを行うと、PTCの構造が安定化することがわかりました。

 

相互作用とMDによる構造の安定化が確認されたことから、研究者らはPTC RNAとペプチドが相互作用によって相分離が生じるかを調べました。その結果、両方のPTCで液滴形成が確認されました(図2 A i, iv. B i, iv)。またPTCに対するペプチドの割合を増やしていくと、bPTCは途中で沈殿しましたが(図2 A ii, iv)、sPTCは幅広い濃度範囲において液滴を形成することが観測されました(図2 B iv) 。興味深いことにPTCの塩基の組成を保持したまま、配列を並び替えたShuffled PTC (Sh_bPTC及びSh_sPTC)で同様の実験を行うと、液滴ができず沈殿のみが確認されたことから(図2 A iii, B ii, iii )、RNA配列及び構造が液滴形成に直接関わっていることが確かめられました。さらに液-液相分離した状態でRNA分解酵素であるRNase Aを加えたところ、sPTCにおいて優位に分解が阻害される様子が確認されました(図2 C)。
 

図2. PTCとペプチドの相分離及びRNA分解酵素に対する安定性
ペプチドによる正電荷を核酸による負電荷で割ったR値を横軸に、溶液中の総電荷量 Qの逆数を縦軸に取ったグラフに対して液-液相分離が生じると考えられる範囲を点線で示す。またグラフ内の記号の色に対応するように顕微鏡観察画像のフレームを色分けしている。(A)既存のWT_bPTCは液滴が小さく不安定で(i青枠) 、R値が大きくなると沈澱する(ii赤枠) ことが確認された。(B)既存のWT_sPTCの液滴はWT_bPTCと比べて大きく(i青枠)、異なるR値でも安定して液滴を形成した。さらに配列をシャッフルしたSh_sPTC及びSh_bPTCはいずれも沈澱した(黒枠)。(C)相分離条件下の液滴に対してRNase Aを加えると、ペプチド非存在下ではPTC RNAが分解された(レーン1-2)。逆にペプチド存在下ではWT_bPTCではRNA分解が進行したが、WT_sPTCではRNA分解が阻害されることが示された(図右、レーン3-6)。Codispoti & Yamaguchi et al., NAR, 2024より転載。

 

以上のことから研究者らは、sPTCのような初期のRNAがペプチドと液滴を形成することで濃集と分解抑制効果によりRNAが重合しやすい環境が整ったと考えています。また液滴の形成は配列に依存することから、初期には液滴形成が選択圧となった可能性がある一方で、bPTCのように進化がある程度進んだRNAはペプチドとの相互作用で構造安定性が強化され、触媒活性機能が向上したものに選択圧がかかったと考えられます。

 

山口助教は「この初期リボソームの進化実験を通して、進化の過程で特定の配列や形を持つタンパク質やRNAが選択される自然原理を垣間見ることができた」と手応えを口にしています。また共同責任著者の藤島准教授は「リボソームの活性中心を担うRNA構造が配列依存的にペプチドと液-液相分離することを示したことは、リボソームだけでなく、生命に至る初期のRNA—タンパク質共進化を考える上でも重要な知見となる」と述べました。

 

図3. 想定されるリボソーム進化のシナリオ
sPTCと短いペプチドの相互作用により液滴が形成されたのち、液滴形成能に依存して、特定のRNAとペプチド配列に対してセレクションがかかる。また同時に相分離によってRNA分解が抑制されることでRNAとペプチドが重合しやすい環境が提供され、より機能的なリボソームへと進化する。Codispoti & Yamaguchi et al., NAR, 2024より転載。

 

掲載誌 Nucleic Acids Research
論文タイトル The interplay between peptides and RNA is critical for protoribosome compartmentalization and stability
著者 Simone Codispoti1†, Tomoko Yamaguchi2,3†$, Mikhail Makarov3, Valerio G. Giacobelli3, Martin Mašek4, Michal H. Kolář4, Alma Carolina Sanchez Rocha3, Kosuke Fujishima2,5*, Giuliano Zanchetta1*, Klára Hlouchová3,6*
所属
  1. Dipartimento di Biotecnologie Mediche e Medicina Traslazionale, Università di Milano, Segrate, 20054, Italy
  2. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
  3. Department of Cell Biology, Faculty of Science, Charles University, Viničná 7, Prague 12800, Czech Republic
  4. Department of Physical Chemistry, University of Chemistry and Technology, Technicka 5, 16628 Prague, Czech Republic
  5. Graduate School of Media and Governance, Keio University, 5322 Endo, Fujisawa 252-0882, Japan
  6. Institute of Organic Chemistry and Biochemistry, Czech Academy of Sciences, Prague 16610, Czech Republic


* To whom correspondence should be addressed. Tel: +420 221951801; Email: klara.hlouchova@natur.cuni.cz

Correspondence may also be addressed to Kosuke Fujishima. Email: fuji@elsi.jp

Correspondence may also be addressed to Giuliano Zanchetta. Email: giuliano.zanchetta@unimi.it

† The first two authors should be regarded as Joint First Authors.

Present address: Tomoko Yamaguchi, Department of Structural Biology, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Kyoto University, 46-29 Yoshida-Shimo-Adachi-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan

DOI 10.1093/nar/gkae823
出版日 2024年09月28日