RNAなど生命の基本的な分子の構成要素となる五炭糖(ペントース)は、生命が誕生する前から存在していた可能性がありますが、その起源や蓄積される過程は明らかにされていません。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のRuiqin Yi研究員らの研究グループは、初期の地球の状態と適合する条件下で、C6アルドン酸塩が非酵素的にペントースの供給源として機能した可能性を示唆する化学経路を明らかにしました。この発見は原始生命体の糖の代謝における新たな知見を提供し、生命の起源の解明に迫る成果です。

 

 

 

図1. 本研究によって、マーチソン隕石から発見されたアルドン酸塩が、非酵素的合成経路を介してペントースの生成につながる可能性があることが明らかになりました。Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center Conceptual Image Lab

 

現代の生物は、複雑な化学反応のネットワークを介して、栄養素をあらゆる種類の化合物に変換できます。さらに、酵素を用いて非常に特殊な変換を触媒し、特定の分子を生成することもできます。しかし、酵素は生命が誕生する前には存在しませんでした。したがって、地球の歴史の初期には、さまざまな非酵素的化学反応ネットワークが存在し、環境中の栄養素を原始生命体の機能をサポートする化合物に変換していた可能性があります。

 

ペントースの合成は、上記のシナリオの顕著な例です。ペントースは、RNAやその他の分子の基本的な構成要素ですが、不安定な化合物であるため、地球初期において利用できたかどうかはまだ分かっていません。科学者たちは、生命の誕生前にペントースが生成された可能性を研究し、さまざまな方法を提案してきました。しかしながら、現在の理論では、ペントースの寿命が非常に短い場合、生命誕生以前の反応に関与するために十分な量を蓄積することができません。

 

この問題の解決策を探るため、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のYi研究員らは、初期地球におけるペントースの起源と持続的な供給について、別の説明を見つけるための研究に取り組みました。

 

研究グループは、まず、安定な炭素数6の炭水化物であるC6アルドン酸塩がさまざまなプレバイオティックな糖から蓄積し、その後ペントースに変換されるという、酵素を使わない化学ネットワークを探索しました。研究グループが提案する化学経路は、安定なC6アルドン酸塩であるグルコン酸塩から始まります。グルコン酸塩は一般的な糖のプレバイオティックな変換によって、初期の地球でも容易に入手できたと考えられます。

 

次のステップは、C6アルドン酸を非選択的酸化によってウロン酸塩へ変換します。「非選択的」というのは、ここでは酸化プロセスがアルドン酸塩の構造のさまざまな炭素原子を区別しないことを意味します。つまり、5つの酸化された化合物が生成される可能性があります。

 

研究者らは実験と理論解析を行い、さまざまな酸化生成物を深く掘り下げ、反応ネットワークの詳細を解明しました。興味深いことに、酸化がどの部位で起こったとしても、得られるウロン酸化合物は、3-オキソウロン酸という特定の化合物が形成されるまでは常に「カルボニル移動」による分子内変換を受ける可能性があることが分かりました。そして、この3-オキソウロン酸はβ-脱炭酸によりペントースに容易に変換されます。

 

この複雑な反応ネットワークを確立した後、研究者らが実証したペントースの非酵素的合成経路が、代謝経路であるペントースリン酸経路の最初のステップと似ていることに気づきました。「これらの結果は、プレバイオティクな糖合成が、現存する生化学経路と重複している可能性があることを証明しています」とYi研究員は話します。糖が現代の代謝において遍在していることを考えると、今回提案した化学反応ネットワークは、最初の生命体の出現にとって重要であった可能性があります。

 

 

 
図2.ペントース合成のための2つの異なる経路。(a)研究者らが提案した原始代謝ペントース経路。アルドン酸塩の蓄積に続いて、ウロン酸塩への非選択的酸化、カルボニル移動、β-脱炭酸が起こる。(b)比較のために示したペントースリン酸経路の最初の数ステップ。Credit: Yi et al. 2023 JACS Au

 
この研究結果は、宇宙化学と宇宙生物学との関連において重要です。アルドン酸塩は、1969年に地球に落下したマーチソン隕石から豊富に発見されました。これは、アルドン酸塩が地球外環境でも形成され蓄積する可能性があることを意味し、アルドン酸塩が生命の構成要素の起源において重要な役割を果たしている可能性があることを示唆しています。

 

研究グループは今後、C6アルドン酸塩が原始生命体の代謝における「栄養素」として機能するために十分な量を初期の地球に蓄積できたかどうかに焦点を当てる予定です。
 

掲載誌 JACS Au
論文タイトル Carbonyl Migration in Uronates Affords a Potential Prebiotic Pathway for Pentose Production
著者 Ruiqin Yi1,*, Mike Mojica2, Albert C. Fahrenbach3, H. James Cleaves II4, Ramanarayanan Krishnamurthy5,*, and Charles L. Liotta2,*
所属 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
2. School of Chemistry and Biochemistry, Georgia Institute of Technology, Atlanta, Georgia 30332, United States
3. School of Chemistry, Australian Centre for Astrobiology and the UNSW RNA Institute, University of New South Wales, Sydney, NSW 2052, Australia
4. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington 98154, United States
5. Department of Chemistry, The Scripps Research Institute, La Jolla, California 92037, United States
DOI 10.1021/jacsau.3c00299
出版日 2023年9月7日