α-ヒドロキシ酸モノマーの脱水と再水和によって形成されるポリエステル微小液滴は、生命が誕生する前の原始細胞のモデルであると考えられています。ELSIの研究者が率いる研究グループは、ポリエステル微小液滴が細胞に進化する上で重要な塩(えん)の取り込みを調べる新たな戦略を考案し、塩の取り込みにわずかな違いがあるだけで微小液滴は大きな構造変化を示すことを明らかにしました。この新たな分析戦略は、複雑なプレバイオティクス化学を研究する際に直面する根本的な課題を克服するのに役立ちます。

 

 

図1. 本研究の概要を示す模式図 Credit: 東京工業大学

 

α-ヒドロキシ酸(αHA)はα-アミノ酸とよく似た構造を持つ単量体ですが、現在の生物の体内にはほとんど存在していません。しかし、生命誕生以前には豊富に存在し、原始的な化学系の進化を助けた可能性があります。αHAモノマーから形成されるポリエステル微小液滴は原始細胞モデルとして提案されていますが、細胞の中身を構成する塩(えん)とどのように相互作用をし、どういう仕組みで液滴内に取り込んだのかについては、適切な分析技術がなかったために、十分に研究されてきていません。そこで、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のTony Z. Jia特任准教授と理化学研究所のChen Chen基礎科学特別研究員(研究当時ELSI研究員)が率いる研究チームは、ポリエステル微小液滴の塩の取り込みを調べるための新しい戦略を考案しました。

 

研究チームは、中性のDL-3-フェニル乳酸、酸性側鎖を持つリンゴ酸、塩基性側鎖を持つ4-アミノ-2-ヒドロキシ酪酸などの、さまざまなαHAモノマーを脱水にかけ、水性の媒体中で再水和し、ポリエステル微小液滴を形成しました。酸性側鎖を含むポリエステル微小液滴の妥当性を示すことができたのは本研究が初めてです。

 

 

図2. (a)本研究で調べたαHAの化学構造 (b) αHAモノマーの脱水によるポリエステルの合成の模式図 (c) 再水和後のポリエステル微小液滴の形成 Credit: Small Methods 2023, CC BY 4.0.

 

次に、初期の海洋に豊富に存在した可能性のあるさまざまな濃度の塩(NaCl、KCl、MgCl2、CaCl2)からなる水溶液中で微小液滴をインキュベートしました。塩が取り込まれた後に、微小液滴を誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)利用した新しい手法で、微小液滴内の塩の陽イオン濃度を分析しました。この分析は、共同利用連携助成金の一環として、ICP-MS が設置されている岡山大学惑星物質研究所Pheasant Memorial Labの研究者らと共同で実施されました。さらにチームは、ゼータ電位測定、光学密度、動的光散乱、顕微ラマン分光装置などの他の分光学的および生物物理学的分析手法をICP-MSと組み合わせ、塩の取り込みが微小液滴の表面電位、液滴の濁度、サイズ、内部水分分布にどのような影響を与えるかを詳細に研究しました。その結果、微小液滴は塩の陽イオンを選択的に分配する能力を有し、それが微小液滴の合体の差につながることが示されました。これは、取り込まれた塩が液滴表面に優先的に局在することで表面電荷が中和され、微小液滴間の静電反発が減少したことが原因と考えられます。

 

本研究によって、塩の取り込みがわずかに変化するだけでも、原始細胞の構造に大きな影響を与える可能性があることが明らかになりました。これにより、淡水から海洋、海底の高塩分濃度の塩水まで、さまざまな水系で誕生した原始系の化学的性質の多様性を説明できる可能性が強く示唆されました。

 

Chen基礎科学特別研究員は本成果について、次のように述べています。

「ポリエステル微小液滴の塩の取り込みを分析する新たな高感度な戦略を採用したことで、原始細胞の構造と機能に影響を及ぼす可能性のある既知の原始化学物質の範囲が広がりました。この研究によって、地球上および地球外における生命の起源とポリエステル微小液滴の関連性に関する研究に新たな道が開かれました。」

 

本成果は、2023年5月18日に英国の科学誌『Small Methods』に掲載されました。

 

掲載誌 Small Methods
論文タイトル Spectroscopic and Biophysical Methods to Determine Differential Salt-Uptake by Primitive Membraneless Polyester Microdroplets
著者 Chen Chen1*, Ruiqin Yi1, Motoko Igisu2, Chie Sakaguchi3, Rehana Afrin1, Christian Potiszil3, Tak Kunihiro3, Katsura Kobayashi3, Eizo Nakamura3, Yuichiro Ueno1,2,4, André Antunes5,6, Anna Wang7,8,9,10, Kuhan Chandru11, Jihua Hao6,12, and Tony Z. Jia1,6*
所属 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Meguro-ku, Tokyo, 152-8550 Japan
2. Institute for Extra-cutting-edge Science and Technology Avant-garde Research (X-star), Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC), Yokosuka, Kanagawa, 237-0061 Japan
3. The Pheasant Memorial Laboratory for Geochemistry and Cosmochemistry, Institute for Planetary Materials, Okayama University, Misasa, Tottori, 682-0193 Japan
4. Department of Earth and Planetary Sciences, Tokyo Institute of Technology, Meguro-ku, Tokyo, 152-8551 Japan
5. State Key Laboratory of Lunar and Planetary Sciences, Macau University of Science and Technology (MUST), Taipa, Macau, SAR, China
6. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, WA, 98104 USA
7. School of Chemistry, UNSW Sydney, Sydney, NSW, 2052 Australia
8. Australian Centre for Astrobiology, UNSW Sydney, Sydney, NSW, 2052 Australia
9. RNA Institute, UNSW Sydney, Sydney, NSW, 2052 Australia
10. ARC Centre of Excellence for Synthetic Biology, UNSW Sydney, Sydney, NSW, 2052 Australia
11. Space Science Center (ANGKASA), Institute of Climate Change, National University of Malaysia, Selangor, 43650 Malaysia
12. Deep Space Exploration Laboratory/CAS Laboratory of Crust-Mantle Materials and Environments, University of Science and Technology of China, Hefei, 230026 China
DOI https://doi.org/10.1002/smtd.202300119
出版日 2023年5月18日