地球の生命の起源を探るためには、単純な有機分子がどのようにして生命をもつ細胞となったのかを知ることが重要です。ELSIの研究者たちは2019年にポリエステルからなる微小液滴が、細胞の前身であるプロトセルになったと考えるモデルを初めて提案して以来、液滴の合成と構築に適した条件を探ってきました。その結果、これまで理解されていたよりもはるかに多様で過酷な条件下でも微小液滴が形成されることがわかり、これによりプロトセルモデルの有力な候補として考えられることを示しました。

 

図1 プロジェクトの概要。異なる温度条件とキラリティが異なるモノマー条件下で実験したところ、低温のみが液滴を形成しない短いポリエステルを生成し、他のすべての条件は液滴を形成する長いポリエステルを生成しました。Credit: Afrin, R.らの許可を得て転載 Macromolecular Chemistry and Physics, 2022
図中の英語解説:
Lactic Acid – 乳酸、Phenyllactic Acid – フェニル乳酸、Monomer – モノマー (単量体)
Dehydration Synthesis -脱水合成、Variable Temperature -可変温度、High Temp. – 高温、Low Temp. – 低温
Chirality – キラリティー、(Long/Short) Polyester -(長鎖/短鎖)ポリエステル、Rehydration – 再水和
Droplet Formation – 液滴形成、No Droplets – 液滴なし

 

α-ヒドロキシ酸(αHA)モノマーの連続的な脱水と再水和によって形成されるポリエステルの微小液滴は、細胞の前進であるプロトセルの妥当なモデルであると考えられています。しかしながら、初期の地球環境は非常に多様で混沌とし、絶え間なく急速に変化していました。そのため、ポリエステルの微小液滴が化学進化に関与したかどうかを知るためには、初期の地球でどのように液滴の形成や利用が起き得るかを理解する必要があります。ポリエステル微小液滴の集合体形成は、実験室の制御された条件ですでに実証されていますが、さまざまな環境条件下でこのプロセスを詳細に解明することはできていませんでした。 

東京工業大学 地球生命研究(ELSI)の研究者が率いる国際共同研究チームは、生命の起源を理解するための次の一歩を踏み出しました。研究チームは、脱水反応の温度と、モノマー分子の構造面における重要な化学特性であるキラリティが、初期のポリエステル合成やポリマー鎖の長さ、およびその後の微小液滴の集合化にどのように影響を及ぼすのかに注目しました。

 

「反応温度を一定レベルまで上げると、ポリエステルポリマー生成物が長くなり、同時に、液滴が集合する傾向が高まることがわかりました」と、この論文の共著者であるTony Z. Jia准教授(ELSI)は説明します。

「反対に低温ではポリエステルの生成物は短くなり、液滴の集合が見られなかったことから、液滴の集合には長いポリエステル生成物が必要だと考えています」

 

 

図2 合成と集合後の膜なしポリエステル微小液滴の顕微鏡写真。Credit: Tony Z. Jia

 

さらに研究チームは、αHAモノマーのキラリティを変化させても、ポリマー生成物の長さは同じだったことから、液滴の集合傾向はモノマーのキラリティとは無関係であることを見出しました(ただし、キラリティに関しては特定の2つのαHAモノマーについて調べただけで、他のモノマーでは異なる挙動を示す可能性があります)。

 

「部分的に溶解した試料においても、ポリエステル生成物を形成し、集合して液滴になっているものもあったのです」とJia准教授は強調します。

「これらのデータは、ポリエステルの微小液滴が、これまで考えられていたよりもはるかに広い範囲の条件で形成された可能性があることを示唆しています」

 

この発見は非常に重要です。部分的にしか溶解しない分子でも生物以前の化学反応に関与できるという実験結果は、初期の地球の状態を考えると非常に合理的だからです。初期の地球では利用可能な溶媒は限られているため、生物が誕生する以前の化合物のすべてがそれらの溶媒に完全に溶けていたとは考えられません。部分的に溶解したモノマーでも、脱水によってポリエステルが形成され、その後、再水和によって液滴が形成される可能性があるという実験結果は、研究チームの仮説を裏付けるものです。初期の地球環境中でこのようなことが起きていたとすれば、以前に予想されていたよりも高い確率でプロトセルが存在していたかもしれません。

 

この研究は、モノマーの濃度や反応量などの違いを調べるなど、多くの新しい研究につながります。そして、それらの研究結果は、この地球上で生命がどのように誕生したかを理解するための道を切り開く可能性があります。

 

「私たちの研究はまだ完全ではありません」と、共同責任著者のKuhan Chandru研究員(マレーシア国立大学気候変動研究所宇宙科学センター)は言います。

「私たちが調べたのは2種類のαHA系の温度とキラリティの影響のみです。プレバイオティクス的に妥当なαHAモノマーは他にもたくさんあるため、同様のパラメータをより幅広く調べる必要があるでしょう。今後も私たちはさらに研究を進め、他のモデルとの比較を行いたいと考えています」

 

図3 ELSI の化学実験室。ポリエステル合成のための実験環境は、共著者のRehana Afrin、Chen Chen、Tony Z. Jia によって、ELSIの新しい研究室にセットアップされました。Credit: Chen Chen

 

 

掲載誌 Macromolecular Chemistry and Physics
論文タイトル The Effects of dehydration temperature and monomer chirality on primitive polyester synthesis and microdroplet assembly
著者 Rehana Afrin1, Chen Chen1, Davide Sarpa2, Mahendran Sithamparam3, Ruiqin Yi1, Chaitanya Giri4, Irena Mamajanov1, H. James Cleaves II1,5,6, Kuhan Chandru3*, and Tony Z. Jia1,5*
所属 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo, 152-8550 Japan
2. The University of Southampton, University Rd, Highfield, Southampton, SO17 1BJ UK
3. Space Science Centre (ANGKASA), Institute of Climate Change, National University of Malaysia, UKM Bangi, Selangor Darul Ehsan, 43650 Malaysia
4. Research and Information System for Developing Countries (RIS), Core IV-B, Fourth Floor, India Habitat Centre, Lodhi Road, New Delhi, 110 003 India
5. Blue Marble Space Institute of Science, 600 1st Ave, Floor 1, Seattle, WA, 98104 USA
6. Earth and Planets Laboratory, Carnegie Institution of Washington, 5241 Broad Branch Rd., Washington, DC, 20015 USA
DOI 10.1002/macp.202200235
出版日 2022年8月25日