地球上で生命が誕生するためには、最初の生体分子を生成するためのプレバイオティックな化学反応が起こり、生じたそれらの分子が現在の細胞のような集合体を形成する必要があります。そのような化学反応が地球上のどこで起きたのかを知ることは、生命の誕生のメカニズムを知る上で重要であり、現在も活発に議論が行われています。ELSIの研究者を含む研究チームは、初期の地球で起こり得る微小環境のさまざまな物理化学的特性に関する文献を集約し、これらの特性がプレバイオティック化学にどのように影響するかを検討しました。

 

 

図1 研究内容を表す概念図。プレバイオティクスの微小環境について、11種類の異なる物理化学特性を分析しました。Credit: Tony Z. Jia.
 
 
初期の地球で生命が誕生する条件として、温泉や海、鉱物表面や海底の超臨界液体など、さまざまな環境での検討がこれまでに行われてきました。しかしながら、多くの研究はセンチメートルからキロメートルの大きなスケールでの検討に留まっています。マイクロリットルまたはミクロンスケールの微小環境では、物理的および化学的特性が大きく異なる可能性があり、原始的な細胞のダイナミクスに直接影響を与える可能性も高いのですが、あまり注意が払われていません。

 

微小環境の物理化学的性質の基礎を理解することは、初期の地球で何が起きたのかを調べるために役立ち、生命の起源に関する、より多くの手がかりを与えてくれます。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)のTony Z. Jia特任准教授らの研究チームは、粘度、極性、イオン強度、および剛性や熱容量などの材料および機械的特性を含むさまざまな物理化学的特性を比較することにより、これらの異なる原始的な反応の微小環境の分析を試みました。

 

研究チームは、まず、初期の地球で利用可能なさまざまな微小環境を説明することから始めました。微小環境を、水系、非水系、鉱物・岩石関連に分け、合計12種類の環境について分析しました。その際、各環境のプレバイオティック的特性も考慮しました。次に、11種類の異なる物理化学的特性を提示し、それぞれの性質と記述しました。また、ほとんどの物理化学的特性について、その特性を測定する方法も記載しました。たとえば、極性を定量化する方法は、比誘電率(ε)を用い、バルク(K)およびヤング(E)弾性率は、剛性のさまざまな測定値を定量化するために使用できます。研究チームは、このような多くの原始的な環境について表にまとめ、未だ埋まっていない部分については今後の研究によって明らかにするつもりです。

 

また、研究チームは、それぞれの特性について表を分析し、異なる微小環境間に明確な違いがあり、またそれらの特性それぞれに適した、異なる環境(温泉、熱水噴出孔、海、淡水、火山など、初期の地球上のさまざまな地形)が存在することを確認しました。これらの物理化学的分析方法は、将来的にプレバイオティク化学に取り組む研究者が、関心のあるプレバイオティク化学反応に対して、どの反応環境が物理的に妥当であったかを、地質学的な妥当さと合わせて理解するために役立つことが期待できます。

 

Jia特任准教授は、「プレバイオティク化学だけでなく、工学や地質学など、さまざまな分野の論文から収集されたデータを集約することで、生命の起源研究のコミュニティがこれを実験計画のリソースとして使用できるようになり、特定の環境における特定の反応の妥当性を知る手がかりになることを願っています」と述べています。

 

物理化学的性質を完全に理解するには、特に物理学と化学の知識を持った研究者を集める必要があります。そのため、この研究は、物理学から生物学に至るまで、異なる専門性を持つ世界中の多くの研究者の協力を得て実施されました。研究チームは、今後、地質学者や惑星科学者など、さらに多くの分野の研究者を巻き込み、この分析を地球外の微小環境にも拡大したいと考えています。
 

図2 研究チームは、物理学から生物学までの異なる分野の研究者5名で構成されています。Credit: Tony Z. Jia.
 
 

掲載誌 Life
論文タイトル A physicochemical consideration of prebiotic microenvironments for self-assembly and prebiotic chemistry
著者 Arpita Saha1,2, Ruiqin Yi3, Albert C. Fahrenbach4,5,6, Anna Wang4,5,6*, Tony Z. Jia1,3,*
所属 1. Blue Marble Space Institute of Science, 600 1st Ave, Floor 1, Seattle, WA 98104, USA
2. Amity Institute of Applied Sciences, Amity University, Kolkata, 700135, India
3. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
4. School of Chemistry, UNSW Sydney, Bedegal Country, New South Wales 2052, Australia
5. Australian Centre for Astrobiology, UNSW Sydney, Bedegal Country, New South Wales 2052, Australia
6. UNSW RNA Institute, UNSW Sydney, Bedegal Country, New South Wales 2052, Australia
DOI 10.3390/life12101595
出版日 2022年10月13日