<Press Release>
― メタンに依存しない生命起源のシナリオを提示 ―

【ポイント】
○生命誕生に不可欠なシアン化水素(HCN)を、アミノ酸から水中で生成する反応を発見しました。
○38種類の鉱物材料に対するスクリーニングで二酸化マンガンがHCNの生成を促進することを明らかにしました。
○メタンを含む還元的大気を前提としないHCN供給の可能性を示し、生命起源の研究に新たな視点を与えます。
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo) 未来社会創成研究院 地球生命研究所(ELSI)の中村龍平教授(兼 理化学研究所 環境資源科学研究センター チームディレクター)、楊澤寧大学院生(博士後期課程1年)、李亜梅特任准教授(研究当時、現 中国科学技術大学特任教授)らの研究チームは、アミノ酸からシアン化水素(HCN)を水中で直接つくる反応を見いだしました。
1953年のユーリー・ミラー実験(用語1)は、メタンを含む大気に雷を模した放電を行うことでHCNが生じ、そこからアミノ酸や核酸(用語2)の材料となる分子ができる可能性を示し、生命起源研究の出発点となりました。しかし最近の研究では、初期地球の大気にはメタンが微量だった可能性が指摘されています。そのため、原始地球でHCNがどのようにつくられたのかは、重要な課題として残っています。
今回の研究では、地球に豊富に存在する38種類の鉱物を調べた結果、二酸化マンガン(MnO2)という鉱物がアミノ酸と反応してHCNを生み出すことが分かりました。この反応は、酸性からアルカリ性までの幅広い水溶液条件下で、温和な温度で進みます。また、複数のアミノ酸やペプチド(用語3)からもHCNができることが確認されました。
本研究は、メタンを含む大気を仮定しなくても、アンモニアから合成されるアミノ酸からHCNが生成し得たことを示しました。さらに、アミノ酸からHCNをつくる反応は現在の生命でも見られることから、生命誕生以前の化学反応と生物の代謝のつながりを示すものです。これらの知見は化学進化(用語4)を考えるうえで、新しい手がかりとなります。
本成果は、3月23日付(現地時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」に掲載されました。
- 背景
シアン化水素(HCN)は、核酸塩基やアミノ酸など、さまざまな生体材料の合成に関与する分子として、生命起源の研究において中心的な役割を担っています。一方で、HCNの生成は従来、メタンを含む還元的大気における光化学反応や雷放電(用語5)に依存すると考えられてきました。しかし、近年の地球化学分野の研究により、初期地球の大気が必ずしもそのような還元的環境ではなかった可能性が指摘されています。そのため、HCNがどのように持続的に供給されたのかは、重要な課題として議論が続いています。
一方で、アミノ酸は、隕石由来や熱水反応などを通して、メタンを含む大気を仮定しなくても原始地球で生成し得ることが示されています。また、興味深いことに、現生生物の多くはアミノ酸を基質としてHCNを合成しています。植物や微生物では、グリシンや芳香族アミノ酸などから酵素反応によってHCNが生成され、酵素の活性中心の形成などに利用されています。しかし、このような酵素は生命に由来するため原始地球には存在しません。
これらの知見を踏まえ、本研究では、「生命誕生以前の地球環境においても、アミノ酸が鉱物との反応を通じてHCNを生成していた可能性がある」という仮説を立てました。
- 研究成果
本研究では、地球化学的に存在可能な38種類の鉱物を系統的に調べました。反応させる基質には、初期地球で最も単純かつ豊富にあったと考えられるアミノ酸であるグリシンを用いました。
図2は、各鉱物存在下で24時間反応させた後に生成したHCNの濃度を比較した結果になります。MnO2が他の鉱物に比べて顕著に高い活性を示し、最大約0.8 mMのHCNを生成しました。これは他の鉱物と比べて二桁以上高い値です。図3は、MnO2存在下での反応の時間変化を示しています。反応開始直後からグリシンの濃度が減少し、それに伴ってシアン化物の濃度が増加することが確認されました。
さらに、グリシンの濃度が低い条件(約1 μM)でもHCNの生成が確認されました。本反応は、酸性から強アルカリ性(pH2〜12.6)までの広い範囲で進行し、6〜60℃という幅広い温度条件でも進行しました。


引き続き、炭素同位体(用語6)で標識したグリシンを用いた実験により、生成したHCNがグリシンのα炭素(用語7)に由来することが明確に確認されました。これは、MnO2が炭素–炭素結合を選択的に切断する能力を持つことを示しています。また、グリシン以外のタンパク質構成アミノ酸のいくつか(ヒスチジン、アスパラギン酸、スレオニン、チロシン、トリプトファン、アスパラギン)からもHCNの生成が確認されました。グリシンの二量体や三量体(ペプチド)からもHCNが生成されました。これらの結果は、アミノ酸や短いペプチドが存在する水環境下において、鉱物との反応によってHCNが生成し得ることを示しています。
さらに、本研究では、アミノ酸とMnO2の反応により、HCNの生成と並行して、ケト酸(α-ケト酸)が形成されることも確認されました。ケト酸は、逆TCA回路(用語8)やグリオキシル酸回路(用語9)といった、原始的な炭素代謝経路の中心的な中間体として知られています。すなわち、本反応はHCNという核酸などの遺伝情報分子の前駆体だけでなく、炭素代謝に関わる分子も同時に生み出していることになります。
- 社会的インパクト
本研究は、「生命の部材は初期地球においてどのように生まれたのか」という根本的な問いに、新しい視点を与えるものです。1953年のユーリー・ミラー実験以降、HCNの生成にはメタンを含む還元的な大気環境が必要だと考えられてきました。しかし本研究は、アミノ酸と鉱物が水の中で反応するだけでもHCNがつくり出されることを示しました。
また、アミノ酸からHCNと同時に代謝に関わる分子も生まれることが分かりました。これは、核酸などの遺伝情報分子とエネルギー代謝に関わる分子が、同じ反応環境の中から生まれた可能性を示しています。
さらに、HCNは現代の化学産業においても重要な化学物質であり、プラスチックなどの高分子材料の原料や、金の採掘(シアン化法、用語10)にも利用されています。本研究で明らかになったアミノ酸からのHCN生成反応は、バイオマス資源の有効利用や、新たな化学プロセスの開発につながる可能性があります。
- 今後の展開
本研究ではMnO2が最も高い活性を示しましたが、銅を含む鉱物にもHCN生成能が確認されました。その中には、生命誕生の場として議論されてきた深海熱水噴出孔に由来する鉱物も含まれています。今後は、これらの鉱物における反応特性を比較し、どのような地質環境で本反応が成立し得たのかを明らかにすることで、具体的な初期地球環境の特定を目指します。
また、アミノ酸から酵素の関与なしにHCNが生成する反応は、これまで検討がほとんど行われてきませんでした。今後は、反応中間体の同定や炭素-炭素結合切断の仕組みを詳細に解析し、反応機構の解明を目指します。
さらに、HCNは化学産業や金属精錬分野で重要な化学物質です。本研究で示されたアミノ酸由来HCN生成反応について、将来的な応用可能性も検討していきます。
- 付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 学術変革領域研究(22H05153)の支援を受けて行われました。また、材料の解析は、大型放射光施設「SPring-8(スプリングエイト)」(用語11)のBL14B2(課題番号:2024A1918)において実施されました。
【用語説明】
- ユーリー・ミラー実験:1953年に行われた実験。原始地球の大気を再現し、雷を模した放電によってアミノ酸ができることを示した。
- 核酸:DNAやRNAのこと。遺伝情報を記録する分子。
- ペプチド:アミノ酸がいくつかつながった分子。タンパク質のもとになる。
- 化学進化:生命が誕生する前に、単純な分子からより複雑な分子へと変化していった過程。
- 雷放電:雷のように強い電気エネルギーが瞬間的に空気中を流れる現象。
- 炭素同位体:同じ炭素元素でありながら、中性子の数の違いによって重さ(質量)が異なる原子。
- α炭素:アミノ基(–NH₂)とカルボキシル基(–COOH)の両方に結合している炭素。
- TCA回路:クエン酸回路。生物が食物からエネルギーを取り出すための基本的な代謝経路。細胞内でブドウ糖などの有機物を段階的に分解しながら、生命活動に必要なエネルギーを生み出す仕組み。逆TCA回路(rTCA回路)は、この回路を逆に回すことでエネルギーを使って有機物を合成する。
- グリオキシル酸回路:TCA回路では有機物を分解して二酸化炭素を放出することで炭素を失う。その一方、グリオキシル酸回路は炭素を失わずに有機分子を合成する代謝反応。
- シアン化法:金や銀などの金属を鉱石から取り出す方法の一つ。シアン化物を含む水溶液を使うと、金が溶けて取り出しやすくなる。現在、世界の金採掘の多くで利用されている技術である。
- SPring-8:兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理研の実験施設。
【論文情報】
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences
論文タイトル:Mineral-facilitated aqueous synthesis of hydrogen cyanide from prebiotically abundant amino acids for chemical evolution
著者:Zening Yang, Yamei Li,* Norio Kitadai, Masahiro Yamamoto, Yuichiro Ueno, Yanjing Lu, Ailong Li, Kiyohiro Adachi, Akira Yamaguchi, Daisuke Hashizume, Ryuhei Nakamura *
【研究者プロフィール】
楊 澤寧 Zening Yang
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 博士後期課程1年
研究分野:有機化学、生命起源
李 亜梅 Yamei Li
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 特任准教授(研究当時)
研究分野:電気化学、生命起源
中村 龍平 Ryuhei Nakamura
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授
兼 理化学研究所 環境資源科学研究センター チームディレクター
研究分野:電気化学、生命起源
【お問い合わせ先】
(研究に関すること)
東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授
中村 龍平
Email:ryuhei.nakamura@elsi.jp
TEL:03-5734-2013
【取材申し込み先】
東京科学大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr@elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416