宇宙生物学の分野では、地球外に生命が存在する可能性についてどのように人々に伝えてきたのでしょうか。東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)の研究者を含む国際研究チームは、630件の論文・プレスリリース・新聞記事を分析し、論文に比べてプレスリリースや新聞記事では憶測や期待を示す表現が多く登場することを明らかにしました。本研究は、科学と社会の境界に独特の位置を占めている宇宙生物学において、責任ある科学コミュニケーションの実践の必要性を強調します。
地球以外に生命が存在するのかという問いは、古くから多くの人々の関心を集めてきました。一般的に、専門家向けの研究論文と、その内容を一般の人々に伝えるための研究機関のプレスリリース、さらにそれらをもとに作成される新聞記事では、研究内容の伝え方に違いがあります。では、宇宙生物学の分野では、地球外生命体の存在可能性に関する「憶測」や「期待」をこれらの3つの媒体がどのように伝えてきたのでしょうか。
ELSIの研究者Thilina Heenatigala は、宇宙に生命を探す構想にまつわる憶測や期待が、科学者、研究機関、そして一般の人々の間でどのように広がっているかを理解するために、ライデン大学のDanilo Albergaria、Pedro Russo、Ionica Smeets、Dallyce Vetterらとともに、1996年から2024年までの630件の文書を分析しました。分析対象は、英語・ポルトガル語・スペイン語で書かれた188件の論文、170件のプレスリリース、272件の新聞記事です。これらの文章に関して、「十分な情報がないまま、問いへの答えを推測する言及」を「推測」、「何かがうまく進展する可能性があり、人々が期待していると示す言及」を「期待」と定義し、それぞれの出現頻度を分析しました。その結果、論文は一貫して最も慎重な傾向を示し、憶測的な内容はプレスリリースや新聞記事に比べてはるかに少ないことがわかりました。対照的に、プレスリリース新聞記事では、生命の生存条件や発見の重要性、さらには地球外生物の存在可能性に関する憶測が強調されることが多く見られました。たとえば、地球外生命の生存条件について推測した論文はわずか22.8%でしたが、プレスリリースでは47.6%、新聞記事では56.6%に上りました。
地球外生命体の発見や研究の進展に対する期待についても、同様の傾向が見られました。進展を遂げている、あるいは今後進展するだろうという表現は、論文では5.8%、プレスリリースでは22.9%、新聞記事では20.5%で確認されました。プレスリリースや新聞記事では、発見が「一歩前進」として位置づけることが多く、特に新しい宇宙望遠鏡などの技術への期待を示す記述は新聞記事で多く見られました。新聞記事の3分の1以上が、新しい機器がまもなく答えをもたらすだろうと述べていました。
注目すべきは、こうした憶測が必ずしもメディアによる誇張の結果ではないという点です。憶測や期待を示す表現の頻度が高いのは、新聞記事だけでなく、研究機関が作成するプレスリリースでも同様であり、こうした表現は多くの場合、プレスリリースに端を発していました。場合によっては、論文中の慎重な憶測がプレスリリースで強調され、最終的には新聞記事の見出しでは、より断定的で楽観的な表現へと変化していました。これは、科学的メッセージが伝達の過程でどのように意味を変えていくかを示しています。
憶測や約束は、人々の関心を引きつけ、好奇心を刺激し、野心的なミッションへの資金提供を後押しする可能性があります。一方で、過剰な約束や確実性の誇張は、期待が裏切られた際に信頼を損なうリスクがあります。近年では、地球外生命の検出に関する主張の信頼度を数値化する尺度も提案されていますが、このような取り組みが宇宙生物学の成果の効果的な伝達に有益なのか、それとも逆効果となるのかは、まだ明らかではないと研究チームは述べています。太陽系外惑星や氷衛星からのデータが蓄積されるにつれ、生命の痕跡の可能性に関するニュースがますます増えていくでしょう。宇宙生物学は信頼性を維持しながら人々の想像力をかきたて続けることが求められています。
掲載誌 | PLOS One |
論文タイトル | Communicating astrobiology and the search for life elsewhere: Speculations and promises of a developing scientific field in newspapers, press releases and papers |
著者 | Danilo Albergaria1,2*, Pedro Russo1,2, Ionica Smeets2, Thilina Heenatigala3, Dallyce Vetter2 |
所属 | 1. Department of Science Communication & Society and Leiden Observatory, Leiden University, Leiden, The Netherlands 2. Department of Science Communication & Society, Institute of Biology, Leiden University, Leiden, The Netherlands 3. Earth-Life Science Institute (ELSI), Institute of Science Tokyo, Tokyo, Japan |
DOI | https://doi.org/10.1371/journal.pone.0328766 |
出版日 | 2025年7月29日 |