<プレスリリース>

-すべての生命の基盤と考えられてきた、リン酸結合タンパク質モチーフが「助け」を必要としていたことを示唆-

図1. 補因子が結合したウォーカーAモチーフの模式図
Demkivらによる論文(Mol. Biol. Evol. 2025,42,msaf055)よりCC-BYライセンスのもとで改変。

 
【ポイント】
○すべての生命の基盤と考えられてきた「ウォーカーAモチーフ」が、周りのタンパク質構造の「助け」なしには機能できないことを示唆。
○ウォーカーAモチーフを含むタンパク質の結晶構造から、このモチーフが単独で機能できるかをコンピュータモデルで解析。
○この研究成果がもたらす問いは、生命の起源を解明する手がかりになると同時に、タンパク質進化のさらなる理解によるバイオテクノロジーの進展に貢献する可能性も。
 
【概要】
東京科学大学(Science Tokyo)地球生命研究所 (ELSI) のLiam M. Longo(リアム・M・ロンゴ)特任准教授とジョージア工科大学のShina Caroline Lynn Kamerlin(シャイナ・キャロライン・リン・カマーリン)教授らの国際研究チームは、今日の複雑なタンパク質の起源であると考えられてきた「ウォーカーAモチーフ」というタンパク質モチーフ(用語1)が、それを取り囲むタンパク質構造の「助け」なしには機能できなかった可能性を示しました。
 
地球上のすべての生物はタンパク質から構成されており、現在では単細胞生物を含むすべての生物は複雑な構造のタンパク質を持っています。しかし、初期のタンパク質からそうだったわけではなく、「生命はどのように誕生したのか?」という壮大な問いの手がかりは古代のタンパク質に隠されていると考えられます。長年にわたり、進化生化学者たちは、最も古いタンパク質は「モチーフ」と呼ばれる単純な構造から生じたと考えてきました。しかしこの研究では、最も重要なリン酸結合モチーフの一つであるウォーカーAモチーフが単独では機能できないことが示唆され、モチーフが、何十億年にもわたる進化の過程で本来の姿が上書きされてしまった“風化した分子の化石”のようなものである可能性が浮かび上がりました。この発見は生命がどのように始まったかの手がかりになるだけでなく、タンパク質進化のさらなる理解によるバイオテクノロジーの進展にも貢献します。次なる問いは「ウォーカーAモチーフがいつ支配的になったのか?」「生命に他の選択肢はあったのか?」ということです。これらの問いは、科学界に新たな発見をもたらし、私たちすべてに恩恵をもたらす可能性を秘めています。
 
本成果は、3月12日付の「Molecular Biology and Evolution」誌に掲載されました。
 
●背景
地球上のすべての生物はタンパク質から構成されており、現在では単細胞生物を含むすべての生物は複雑な構造のタンパク質を持っています。長年にわたり、進化生化学者たちは、最も古いタンパク質は「モチーフ」と呼ばれる単純な構造から生じたと考えてきました。リンは生命の主要元素であり、初期タンパク質の多くはリンを含む化合物と結合していたと考えられており、さまざまな初期タンパク質が「ウォーカーAモチーフ」を共有しています。研究者たちは長年、この小さなモチーフこそが今日の複雑なタンパク質の起源であり、小さなタンパク質フラグメントから多くのタンパク質が生まれたと考えてきました。
 
●研究成果
研究チームは、ウォーカーAモチーフを含むタンパク質の結晶構造から、このモチーフが単独で機能できるかをコンピュータモデルで解析しました。その結果、このモチーフ単独ではリン酸結合に伴って形成される特徴的な「ネスト」構造を水中で維持できないことが示唆されました。アミノ酸配列をシャッフルしたコントロールペプチドにも同様の挙動が見られたことから、リン酸結合モチーフには多様なタイプが存在しうることが示され、ウォーカーAモチーフが特別なものであるという従来の見方に疑問が投げかけられました。
 
また、水が少ない原始地球上の環境を模倣するため、メタノール中でも解析を行いました。すると、水中での解析と同様の結果が得られ、ウォーカーAモチーフが唯一無二のものではなく、同様の性質を持つ多くのモチーフの一つに過ぎない可能性を示しました。これまで初期生命の構成要素と考えられてきたものは、実際には“化石の断片”であり、全体像を示すものではなかったのです。「たとえほとんどの“頭”に“目”があったとしても、私たちは“目”が“頭”を生んだとは考えません。視覚には複数のシステムが連動して関わっているからです。ウォーカーAモチーフも同様です。より大きなシステムの中に埋め込まれてこそ、機能を発揮するのです。」とKamerlin教授は述べています。
 
●社会的インパクト
Kamerlin教授とLongo特任准教授の研究は、生命がどのように始まったかの手がかりになるだけでなく、バイオテクノロジーの進展にも寄与します。天然のタンパク質がどのように進化したかをより深く理解することで、他の研究者たちは、ドラッグデリバリーや新たなワクチン開発などに応用できる人工タンパク質をより効率的に設計することができます。
 
●今後の展開
「この研究は、私たちのタンパク質に対する考え方を根本から覆すものです。まるで“タンパク質版ジェパディー(アメリカ合衆国で長年にわたり放送されているクイズ番組)”をやっているようなもので、いまや“元の問い”が何だったのかを考え直さなければならないのです。」とKamerlin教授は語ります。この研究はまだ始まったばかりで、このモチーフが無数の選択肢の一つに過ぎないと判明した今、次なる問いは「このモチーフがいつ支配的になったのか?」「生命に他の選択肢はあったのか?」ということです。これらの問いは、科学界に新たな発見をもたらし、私たちすべてに恩恵をもたらす可能性を秘めています。
 
●付記
本研究は、クヌート・アンド・アリス・ヴァレンベリ財団、日本国政府内閣府補助金による沖縄科学技術大学院大学(OIST)、およびスウェーデンの国家学術スーパーコンピューティングインフラからの資金提供を受けて実施されました。
 
【用語説明】
(1) モチーフ:特定の機能や構造を担うために、多くのタンパク質に共通して見られる特徴的な部分配列。
 
【論文情報】
掲載誌:Molecular Biology and Evolution
論文タイトル:Redefining the Limits of Functional Continuity in the Early Evolution of P-Loop NTPases
著者:Andrey O. Demkiv, Saacnicteh Toledo-Patiño, Encarnación Medina-Carmona, Andrej Berg, Gaspar P. Pinto, Antonietta Parracino, Jose M. Sanchez-Ruiz, Alvan C. Hengge, Paola Laurino, Liam M. Longo, Shina Caroline Lynn Kamerlin
DOI: 10.1093/molbev/msaf055
 
【研究者プロフィール】
リアム・M・ロンゴ Liam M. Longo
東京科学大学 地球生命研究所 (ELSI) 特任准教授
研究分野:古代タンパク質進化学
 
シャイナ・キャロライン・リン・カマーリン Shina Caroline Lynn Kamerlin
Georgia Institute of Technology(ジョージア工科大学)教授
研究分野:計算生物学
 
アンドレイ・オー・デムキフ Andrey O. Demkiv
Uppsala University(ウプサラ大学)博士課程
研究分野:計算生物学
 
【お問い合わせ先】
(研究に関すること)
東京科学大学 地球生命研究所(ELSI)特任准教授
Liam M. Longo
Email: llongo@elsi.jp
 
(報道取材申し込み先)
東京科学大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr@elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416