<プレスリリース>

-核酸結合タンパク質の進化的歴史に関する新たな手がかり-

 

図 「機能的両利き性」を持つ(HhH)₂フォールド。簡略化された (HhH)₂フォールドタンパク質が、天然型および鏡像型の二本鎖DNAに結合している。二つの結合モードにおける結合面は一部重なっている。

 
【ポイント】

○古代のタンパク質モチーフ(HhHモチーフ)が、天然型と鏡像型の両方の核酸に結合できる「機能的両利き性」を示すことを発見。

○HhHモチーフの鏡像型タンパク質の合成、核酸との結合実験や分子シミュレーションにより両利き性を実証。

○生命のキラリティー進化や「鏡像の生命」仮説に関する新たな知見を提供。
 
【概要】

東京科学大学(Science Tokyo) 地球生命研究所(ELSI)のLiam M. Longo(リアムM. ロンゴ)特任准教授、同 Tatsuya Corlett(龍也・コレット)修士課程学生とエルサレム・ヘブライ大学のNorman Metanis(ノーマン・メタニス)教授らの国際共同研究チームは、全ての生物に進化的に保存されている、DNAやRNAに結合するシンプルな古代タンパク質が、分子の“利き手”(キラリティー、用語1)を反転させてもなお機能することを示しました。
 
地球上の生命分子の構造には強い偏りがあり、タンパク質は左手型のアミノ酸で構成され、核酸は右手型の糖からなります。今回の研究では、核酸に結合する古代のタンパク質モチーフHhHモチーフ、用語2)が「両利き(ambidextrous)」、つまり天然型(用語3)と鏡像型(用語4)の核酸の両方と相互作用できることを初めて明らかにしました。この結果は、鏡像型(右手型)のタンパク質は通常の生物学的機能を果たせない、というのが長年の常識を覆し、「鏡の世界」でも機能するDNA/RNA結合タンパク質があることを示すものです。本研究成果は、地球上の生命分子に見られる“利き手”と核酸結合の進化的背景を読み解く鍵となります。
 
なぜHhHモチーフタンパク質が両利きになったのか、古代には“鏡像の生命”が存在したのか、それに適応するために“両利き”を好むような選択圧がかかっていたのか、といった研究課題を解き明かすためには、まだ多くの研究が必要であり、今後の課題の一つとして、他にも“両利き”タンパク質が存在するかどうかを明らかにすることが挙げられます。
 
本成果は、3月28日付の「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載されました。

 

  • 背景

人間の手と同様に、多くの分子には“右利き”と“左利き”の鏡像異性体が存在します。地球上の生命分子の利き手(キラリティー)には強い偏りがあり、タンパク質は左手型のアミノ酸で構成され、核酸は右手型の糖からなります。この偏りは「ホモキラリティー」と呼ばれ、生物学の根本を成す特徴です。通常、複雑な分子のキラリティーを反転させるとその機能は失われてしまいます。そのため、鏡像型(右手型)のタンパク質は通常の生物学的機能を果たせない、というのが長年の常識でした。

 

  • 研究成果

「ヘリックス-ヘアピン-ヘリックス(HhH)」という、広く保存されている原始的なタンパク質構造は、DNAやRNAと結合する機能があることが知られています。DNAは右巻きの二重らせん構造をしており、鏡像型のタンパク質がDNAに結合するのは不可能だと考えられていましたが、ロンゴ特任准教授らは「もしかするとHhHモチーフの鏡像体もDNAに結合できるかもしれない」という仮説を立て、実際に鏡像タンパク質を合成し、DNAとの結合を測定しました。
 
その結果、見事に鏡像型タンパク質とDNAの結合が観測され、HhHモチーフは鏡像型(右手型)/天然型(左手型)の両方でDNAとの結合機能を有することが明らかになりました。タンパク質のDNAに対する結合の解離速度においても、天然型と鏡像型タンパク質は驚くほどの類似性を示しました。
 
分子シミュレーションによる詳細な結合過程解析において、天然型と鏡像型タンパク質のDNAとの結合様式には違いがあったものの、DNAと結合する際に使われるタンパク質ドメインには共通点があり、二つの結合様式は分子レベルで近しいものであることが示されました。ロンゴ特任准教授らはこれを「機能的両利き性(functional ambidexterity)」と名付け、HhHモチーフは左右どちらの手でも使える“両利きのハサミ”のような存在であることが分かりました。

 

  • 今後の展開

この研究は、核酸に結合できる“両利き”タンパク質の初の事例として注目を集めることが予想されます。しかし、なぜこのHhHモチーフタンパク質が両利きになったのか?という疑問については、まだ明瞭な回答が得られていません。DNAに結合するHhHモチーフのドメインが複数のDNA構造に結合したり、DNA上を滑走したりする必要があるため、あるいは、より深い進化の謎と関わっている可能性もあります。もっとも興味深いのは、かつて“鏡像の生命”が存在し、それに適応するために“両利き”を好むような選択圧がかかっていた可能性です。このような結論を導くには、まだ多くの研究が必要であり、今後の課題の一つとして、他にも“両利き”タンパク質が存在するかどうかを明らかにすることが挙げられます。

 

【参考文献】

[1] L. M. Longo, D. Despotovic, O. Weil-Ktorza, M. J. Walker, J. Jablonska, Y. Fridmann-Sirkis, G. Varani, N. Metanis, D. S. Tawfik, Proc. Natl. Acad. Sci. U S A2020, 117, 15731–15739.

[2] M. Seal, O. Weil-Ktorza, D. Despotović, D. S. Tawfik, Y. Levy, N. Metanis, L. M. Longo, D. Goldfarb, J. Am. Chem. Soc.2022, 144, 14150–14160.

 

【用語説明】

  1. キラリティー:分子が自己の鏡像と重ね合わせることができない性質。
  2. タンパク質モチーフ(HhHモチーフ):特定の機能や構造を担うために、多くのタンパク質に共通して見られる特徴的な部分配列。
  3. 天然型:生物が自然状態で持つ分子の立体構造。本研究では、右巻きのDNAと、L-アミノ酸から成るタンパク質のこと。
  4. 鏡像型:ある分子の立体構造が鏡に映したような対称関係にある異性体。本研究では、左巻きのDNAと、D-アミノ酸から成るタンパク質のこと。

 

【論文情報】

掲載誌:Angewandte Chemie International Edition

論文タイトル:Functional Ambidexterity of an Ancient Nucleic Acid-Binding Domain

著者:Orit Weil-Ktorza, Segev Naveh-Tassa, Yael Fridmann-Sirkis, Dragana Despotović, Kesava Phaneendra Cherukuri, Tatsuya Corlett, Yaakov Levy, Norman Metanis, Liam M. Longo

DOI:10.1002/anie.202505188

 

【研究者プロフィール】

リアム M. ロンゴ Liam M. LONGO

東京科学大学 地球生命研究所(ELSI) 特任准教授

Department Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington 98104, USA

研究分野:古代タンパク質進化学

 

龍也・コレット Tatsuya CORLETT

東京科学大学 地球生命研究所(ELSI) 修士課程

研究分野:地球代謝系進化学

 

ノーマン・メタニス Norman METANIS

エルサレム・ヘブライ大学 Institute of Chemistry 教授

研究分野:タンパク質化学

 

ヤコブ(コビー)・レビィ Yaakov LEVY

ワイツマン科学研究所 Department of Chemical and Structural Biology 教授

研究分野:計算分子生物物理学

 

【お問い合わせ先】

(研究に関すること)

東京科学大学 地球生命研究所(ELSI) 特任准教授

Liam M. Longo

Email:llongo@elsi.jp

 

(報道取材申し込み先)
東京科学大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr@elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416